’夢を作り続ける。。。。。それが我々の伝統です’

夢は我々に未来を与えてくれ、思い出は心を開いてくれます。創始者のロンとジャンピアース夫妻はバスキャットボートを通して沢山の夢を満たしてくれました。

ロンの最初のハンドビルドのボートは彼の両親の家のフロントポーチに保管されていました。 ロンの祖父が知っていたか、知らぬ振りをしていたかは定かではありませんが、いつもロンは祖父の船外機を乗せて走っていました。 その古い木製のボートが沢山の思い出と夢作りの始まりとなり、新しい世界へのドアを開いてくれました。

ロンはプラスチック業界で成功したキャリアを持ちながら、ジャンと一緒に地元のアーカンサス州マウンテンホーム市にある小さなドライブインレストランを購入しましたが、モノトーンな作業は釣りで夢見る彼らを満足させることはできませんでした。

そして1971年、ロンとジャンはバスキャットボートを彼らのガレージで作り始めました。 急ピッチで成長したために翌年の1972年には、今現在の所在地にビジネスを移すことになり、1999年まで何度も拡張工事を行い現在に至っています。

この期間にビジネスも変化を遂げてきました。 最初のバスキャットは1000ドルぐらいで、すべてのパッケージを含んでも2500ドルを超えることはありませんでした。

あの時の小さなシガーボートが夢を広げて、今日のポピュラーなボートブランドとなったのです。 革新的で常に進化することから始まったバスキャットボートはこれからも新しいアイデアのテストグランド、そして新しいテクノロジーを発展させていきます。

今では他社が標準装備としているトローリングモーターのリセスペダルやエレベーテッドエレクトロニクス、ストレージライトはバスキャットが考案してきたものです。

製造方法もそうです。70年代に常識として認識されていたボートの上部キャップとボトムハルをネジでとめるだけで完成という考え方はおかしいことだと思っていたため、私達は常にひとつの構造物として作り続けてきました。 今では、他社がその構造工程をオリジナルとして取り入れてますが、私達だけがそれをプルーフできます。

デザインはどうでしょうか。1971年と1977年には私達はVハルデザインを新しい方向性として取り入れてきました。 それもまた今現在のボート業界でコピーされてきました。 1984年には今日のスタンダードとなった19フィートで200馬力仕様のワイドビーム(92インチ)のバスボートを投入しました。 これらのパンテラプロモデルは当時革命的な存在でした。 そして1988年、今日のトーナメントマシンと呼ばれる最初のモデルとなったパンテラ II とセーブルが誕生しました。 これらのボートの装備は今現在でも他社とは比べ物にならないレベルで充実していて、それはパンテーラIVに伝統として受け継がれてきました。  

業界最初に取り入れたヨーロピアンスタイルを持つプーマは1988年に誕生したパンテラ II とセーブルに続く革新的なトーナメントボートといえるでしょう。 その後、超高馬力仕様のワイドボディーバージョンも誕生しました。

近い将来、私達がすでに開発してきた装備やデザインとなるワイドビームボディー、ワイドボトム、リセスペダルエリア、フルファイバーグラスフロア、フルファイバーグラストランザム、バッテリーチャージャー等、そのほかの装備を他社がそれぞれのオリジナルとして紹介してくることでしょうが、私達はこれからも常に進化し最先端を走り続けます。

2010年には、バスキャット伝統の頂点に立ってきたジャガーが紹介されました。 このモデルに搭載された革新性は、これからのモデルに受け継がれることでしょう。 

ピアス家は1950年代から始まった「夢に生きる」をこれからの世代へも伝えていきます。そして皆様が私達に与えてくれる経験や夢をとり込みながら、誇りを持ってボートを作り続けます。 革新しながら、成長し続けることを私達のミッションとして、皆様のニーズにお応えしていきます。 

皆様の夢作りを続けていきながら私達の夢も叶えられること。 これ以上の幸せはありません。

このような機会を与えてくれたことに感謝いたしております。

Good Fishing,




Ron & Rick Pierce